富山ってこんなところ

”「布橋 灌頂会(ぬのばし かんじょうえ)」”
  ~女性の極楽浄土への架け橋~

<芦峅寺の布橋から霊峰立山連峰を望む>

日本三霊山の一つである霊峰立山は、江戸時代までは山岳信仰の山であり、山中には地獄や極楽浄土のある、『あの世』の世界と考えられてきました。(立山信仰)

男性は登山し下山することで、死後の浄土往生が約束されましたが、当時は女人禁制であったことから、女性には、麓(ふもと)の芦峅寺の閻魔堂、布橋、姥堂を巡ることで、男性の立山登山と同じように浄土往生を約束するものでした。

全国から集まった女性参拝者は閻魔堂で懺悔の儀式を受け、この世とあの世の境界である布橋を渡り、死後の世界に赴きます。
そこには立山山中に見立てた姥堂があり、堂内で天台宗の儀式を受け、受戒し、血脈を授かり、死後の浄土往生が約束されます。

白い布が敷かれた布橋は浄土への架け橋です。当時の山岳信仰と密教、そして浄土信仰が相まった「布橋灌頂会」は、霊峰立山に女人禁制のため踏み入ることのできなかった女性たちの極楽浄土を祈願し、救済するための儀式でした。

白装束に身を包み、目隠しした女性たちが、明と雅楽の妙なる響きに導かれ、布橋を渡ります。

此岸(現世)から彼岸(来世)へと渡る死出の旅路の擬死再生を経て、僧侶が立山から汲んだ聖水を一人一人にかけ灌頂する儀式の最後に女性たちの眼隠しが解かれると、目前には阿弥陀の極楽浄土、立山が光の中に燦然と現れるのでした。

この江戸時代に越中国立山山麓で盛んに行われていた山岳信仰儀式「布橋 灌頂会」は、明治の廃仏毀釈で断絶しましたが、1840年の古文書を基に、僧侶と立山の人々が尽力し2006年に再現させました。

今では、三年に一度の儀式行事として、全国から女性が集います。

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